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南日本新聞夕刊『思うこと』掲載 執筆/小田美幸(クリエイター名 小田聖夏)

平成20年4月から6月末まで執筆します。
掲載され次第随時アップしていきます*


  『努力しても報われないとき』 6月19日掲載
Date: 2008-06-19 (Thu)
努力しても報われないときがある。私は、報われなかったからこそ進んだ別の道に幸せがあると思っている。
 高校三年の受験のとき、どうしても進学したいと夢みる学校があった。
模試での判定は頑張れば何とかいけそうなかんじ。補習はもちろんのこと、夏休みもお正月も返上で勉学に励んだ。
 一方同じように希望していた隣のクラスの友人は、どうせ受からないからと、早朝・放課後の補習も受けず、
はなからあきらめた様子だった。
 結果はどうか。
 友人が合格した。喜び勇んで私に駆け寄り「どうだった?」と一撃。私は苦笑いしながら「ダメだった」と言うのが精一杯だった。
 もしかしたら、友人は陰で頑張っていたのかもしれない。必死で勉強していたのかもしれない。そう思わなければ、やるせない。
 帰宅途中、近所の犬が走り寄ってくる。思わずポロポロとこぼれる涙。
いつもはほえてばかりの犬にペロペロと手をなめられ、なぐさめられているようだった。
 あんなに悔しくて悲しかったことも、十八年たてばいい思い出である。
 第一の夢がかなわなかったことで不幸にはならなかった。合格しなくてよかったとさえ思える自分がいるから不思議だ。
 かなっていたら私は鹿児島県外に出ていた。人生大きくかわっていたことだろう。はたして音楽クリエーターになっていただろうか。
 人生において『もし』はない。父のきまり文句である。
 努力しても報われないとき。やるせないけれども、嘆くことはしない。悲しみと不幸の始まりではない。
予期しなかった幸せの始まり。そう思っている。

  『大好きな電話』 6月12日掲載
Date: 2008-06-12 (Thu)
「母ちゃん三分よ三分!」もう二十年以上も昔。
母はかけた電話の始めに三分と念を押し、熊本の祖母と話していた。
 今でこそ、インターネット経由の電話なら、通話料は無料同然ですむことがあるが、
昔はかけた距離と話した時間によって換算されていたから、母の気持ちはよくわかる。
 かくいう私は、電話がないとやっていけない人間と自負するほど、電話が好きである。
 学生のころは長電話を両親によく怒られた。そのころはキャッチホンという便利な機能もなかったため
「急ぎの電話がかかってきたらどうするの?」とよく言われた。
 就職して研修期間の半年は実家から通っていたが、あいかわらずの私の長電話に「出て行きなさい」と言われ
「出て行く、出て行く」と売り言葉に買い言葉。荷物をまとめて同じ志布志市内の父方の祖父母の家に転がり込んだ。
 その半年後、知覧での本採用が決まり、念願の一人暮らしとなる。一人暮らしをして初めて分かる事がある。
気づくこともたくさんある。
 かくして私の長電話の相手は母となった。結婚した今でも一番長く話している。
 番号を押せば、声を聞きたい人へつないでくれる電話は不思議な感じ。
 実家の電話番号。私がおばあちゃんになっても、ひいばあちゃんになってもずっとつながればいいなあと思う。
そう思うほど、電話をかければつながる瞬間が、声を聞ける瞬間が幸せに思える。
 電話帳に登録している大切な友人たちの電話番号も、同じ思いでプッシュする。
 余談になるが、自分で自分の番号にかけたことがある。つながったら怖いなと思いながら。わたし…だけ、か?

  『長所+短所=魅力』 6月5日掲載
Date: 2008-06-05 (Thu)
「北の国から」という番組が好きだった。
 景色やサントラもすばらしかったが、人間くさく生きる登場人物のひたむきで一生懸命な
人生そのものに惹(ひ)かれた。
 人生とはそんなものだと共感しつつも、「きれいにかっこよく生きたい」と願う理想の自分像があり、
それとは異なる人間くさい自分がここにいる。相田みつをさんの「にんげんだもの」の一節にもあるが、
「かっこ悪くていい」と心から思えたらどれだけ気が楽になることだろう。
 自分のどこに嫌気がさすのか、ここに書けるほどオープンな気持ちになれれば、まだ救われるのかもしれない。 
 自分の短所、言い換えれば弱点になるのだが、どうしてそれらを素直に受け入れられないのだろう。完璧な人間
などいないはずなのに…。
 職場に、自分が大好きオーラのある女性がいる。いつも笑顔で、周りを元気にする。試しに「自分が嫌になる
ことある?」と質問してみれば「ありますよー。しょっちゅうですよ」と意外な答え。思わず「うっそー」と笑っ
てしまう自分。「おれもあるよ」と隣りで聞いてた男性。話題は盛り上がり、いつしか脱線。
 みんな同じなんだ―と少し安堵(あんど)する。
 ところで自分でも知らない自分を知る方法に『投影』とよばれるものがある。他人の中に自分を見るもので、例え
ば「A子さんのあんなところにあこがれる」と思った時、その部分は自分にもあるという。自分にないものに、その
ような思いは抱かないらしい。
 自分の隠れた長所を知るきっかけにならないか!?
 しかし「北の国から」の純君や蛍ちゃんに惹かれたように、弱い部分もまた自分の魅力の一つなのかもしれない。

  『言霊パワー』 5月29日掲載
Date: 2008-05-29 (Thu)
言霊とは「その言葉に宿ると信じられる不思議な力」のことである。
 あれは、小学六年生のころ。私の住む地域では毎年夏休みの最後に小学生のソフトボール大会
が開催されていた。地区対戦である。
 練習は夏休みの比較的涼しい夕方に行われた。場所は海沿いのグラウンド。
 午後四時を過ぎると、三―六年生の男女がグローブを持ってパラパラと四方八方から集まってくる。
みんなそろうと鬼コーチの登場である。
 ボールが容赦なく飛んでくる。バットの振り方ひとつにもチェックが入る。
 私は優勝を狙っている地区に住んでいた。
 私はボールが怖い。今でも怖い。ボールはできるだけキャッチしたくない。転がってきたものはOK。
 願うは補欠。それもむなしく人数不足で選手となった。 そんな私を見かねた母が助太刀してくれた。
嘘(うそ)はいけないのは千も承知で、流行(はや)り目になったと嘘をついた。眼帯も買ってきて左目につけた。
 なんとも手の込んだこの嘘を皆は信じてくれた。
 私と母だけの秘密の嘘。嘘に救われた私。眼帯をつけて外出する日々。
 そうしてソフトボール大会への出場を免れた私は、大会前日、本当に流行り目になった。しかも左目が!
 これを偶然というか、言霊の力と思うかは思想の自由であるが、ほかにも数え切れないほど立証できるものがある私
にとって、『言霊』は信じがたい事実である。
 だから私は仮病は使わない。ネガティブな嘘もつかない。
 そのかわりかなってほしい夢を呟(つぶや)く。「宝くじ当たった」と呟いてみる。

  『悩める兼業主婦』 5月22日掲載
Date: 2008-05-22 (Thu)
娘が小学校にあがってからというもの、とんと忙しくなった。
『できる人間』は「忙しい」という言葉は使わないそうだが、忙しい、忙しいとあえて連発したい。
 授業参観は毎月あるが、行事のあるときは月三回ほど仕事を休んで学校に行かなければならない。
これにPTA役員が加われば、“もっと”である。
 昨年は文化部長をさせていただいた。というよりは、ノルマを一つこなしたゾという感じ。
子供一人につき、小学校生活六年の間に最低二回は役員をしないといけないらしい。一回済んだので残り一回。
 しかし我が家は転勤族なので、転校したらどうなるのか。また一からなのか。そこを考えると頭がジクジクする。
 役員を断る理由に「小さい子供がいるから」とか「働いているから」といったものは通用しない。
 ほかにも愛護会PTA・地区PTAなどがある。一度にいくつも役員をかかえている人もいる。
逆に、どの役員もせずに乗り切ってしまう人もいる(うらやましいが、私にそんな度胸はない)。
 最近は『食育』とかで朝晩のメニューを書いて提出したりする作業も増えた。食事の内容がイマイチだとイエローカードがくる。
 家事・育児・仕事・PTA役員業務、一日のノルマをこなすのに必死な私。
 そんな中 我が家の朝食について「もっと野菜を増やしたり内容を工夫してください」といった注意書きをいただいた時は泣けた。
うそを書けばよかったとも思ったが、私は根が正直なのである。
 すべて子供のためにあると分かっている。にしても母親負担が多すぎると嘆く私は甘いだろうか。ああ忙しい忙しい。

  『音楽の不思議なちから』 5月15日掲載
Date: 2008-05-15 (Thu)
「小田さんですか?」
 聞き覚えのあるその声は四年前に六曲ほど音楽制作の
依頼をしてくださった福島県に住むおじいさんの声だった。
 おじいさんはパソコンを持ってはいるが使い慣れないこともあり、
主にファクスと電話での打ち合わせ。
 おじいさんは演歌が大好き。自分の土地の名産物を歌詞にしては、
お酒を飲んだほろ酔い気分で作曲し、鼻歌で歌ったテープを私へ郵送する。
 受け取った私はそれを耳で聞き、楽譜におこし、さまざまな楽器を加えアレンジし、
完成したものをCDで納品。喜んだおじいさんから、自分が栽培しているというタラの芽がたくさん贈られてきた。
 それからというもの、お店でタラの芽をみかけるたびに福島のおじいさんのことが思い出される。
 「いやあ、先生の携帯番号が変わってなくてよかった」。
おじいさんの明るい声に思わず「お元気そうですね」と顔がほころぶ。
すると「いやいや」と苦笑する声。
「今、病院からなんですよ。酸素呼吸器もつけてます」とたどたどしくも明るい。
「いやあね、今テレビを見ていたらのど自慢大会で鹿児島が映っているんですよ。
小田先生どうしてるかなと思って。声が聞きたくなって電話しました」
 電話は数分で終わった。音楽クリエーターとして七年。仕事を通して数々の出会いがある中、
おじいさんとの関係は、単なる依頼者・制作者で終わってなかったことに胸が熱くなった。
懐かしいそのお声は自身の新曲について語り、病室で自分のCDを聞いていると語り、おかげで毎日が楽しいと笑った。
 病室で「楽しい」と笑えるおじいさんの心の拠り所でもある音楽。音楽クリエーターとして感慨深いものがある。

  『コミュニケーション』 5月8日掲載
Date: 2008-05-08 (Thu)
 便利な世の中だとつくづく思う。
 電話とホームページ、メール、ファクスさえそろえば、クライアントと会わずして、
仕事の依頼を受け、打ち合わせをし、納品までできる。
 依頼者のほとんどが、ホームページからお越しいただいた東京や大阪の方であったりと、会うに会えない理由もあ
るのだが、昔であれば考えられないことだ。
 おかげで外出することなく仕事が終わる。一日の作業で、ほぼ手先しか動いていない。体が危うい…。
 しかしながら便利とはいえ、メールでの打ち合わせには大変気を使う。
 文体によっては相手の気持ちを逆なでしたり、そんなつもりじゃなかったニュアンスで相手が受け取ってしまう可
能性が多いにあるからである。
 以前、コーチングの講習会に参加させていただいたことがある。
 メール(言語)のみで相手に伝わる情報は全体のたった7パーセント。電話だと「言語」に耳で聴くニュアンスが
加わり45パーセント。
 「言語」と「聴く」に「視覚」が加わり、つまり人と会って、はじめて100パーセント相手に伝わるのだそうだ。
 となると、私は7パーセントから45パーセントの間でクライアントとコミュニケーションをとっていることになる。
冷や汗がでる。
 そんな理由もあり、メールを打つ際には文章や言葉づかいに気を配るのはもちろんのこと、失礼のない範囲で表現
方法などいろいろ工夫し、笑顔も一緒に届けられたらと願う。
 はたして、私の誠意はどれくらい伝わっているのだろう。
 かわいらしい人だなと、私のイメージまで伝わっていたら思惑通り。フッフッフ。

  『家族をつなぐもの』 5月1日掲載
Date: 2008-05-01 (Thu)
鹿児島市への転勤を期に、コミュニティーFM局と本業の二足ワラジで働いている。
 今まで家にこもってばかりの制作作業だったため、人と毎日会うことで時間は生き生きと流れ出した。
 まず、冗談を言って笑える相手がいるというのがいい。笑うことは大事だ。
一人で作業していてもピクリともほおの筋肉は動かない。一人では笑えない。
 もちろん、ラジオ局なので仕事中もラジオが流れる。これがまたいい。
 仕事をしながらパーソナリティーのトークを聞き、リスナーがリクエストした曲を聴き、リズムをとり、ペンを取り仕事を進める。
 コミュニティーFM放送局なので規模は小さいが、アットホームなところがいい。
 そんなわけで、娘は鍵っ子である。学校から帰ってきて「おかえり」と言ってくれる人は誰もいない。
かわりにメッセージボードに『おっかえり〜! おやつはここね』。
 仕事を終えて帰ってくれば私の書いたメッセージの下に『ありがとう』と記してある。
 メッセージボードは、深夜遅く帰ってくるお父さんも出迎える。
ラップをかけた夕食の横に『お疲れさまーおかえり 美幸』『お父さんおかえり かすみ』。
 ところで、今日は仕事関係の食事会で私が一番遅い帰宅となった。
といっても、夕方に一度帰宅し、お総菜をならべてあわてて出かけたのだが、皿もすべて片付けてある。
 見ればベビー電球の下にメッセージボード。
『おかえりなさい、おかあさん。ごはんおいしかったよ! ありがとう。かすみより。父より』
 寝床には私が寝ているかのようにパジャマが大の字に置いてある。
『ありがとう。母より』

  『転勤妻の仕事事情』 4月24日掲載
Date: 2008-04-24 (Thu)
ベランダに出れば、青い空と海の間遠くに横たわった種子島がうっすらと見える。
 飛び立ったばかり斜め四十五度の飛行機を眺(なが)めていれば、右下に港にむかう高速船。
時にロケット打ち上げも見えたりして。
 私は屋久島の絶景の見える場所に三年間住んでいた。といっても社宅だが。
この光景を絶景と言わずして何と言おう。まさに癒やしの世界である。
 海と空、飛行機とロケット。緑と船。すべてが一堂に見える場所は、たぶんあのベランダしかない。
結婚前も結婚後も転勤族である私にとって、ベランダから見える景色は楽しみの一つである。
 けれども、転勤にはいつの時も期待と不安が入り交じる。いきつけのお店、美容院、歯医者、病院、人間関係すべて一からになる。
そのうえ転勤族の妻はパートやバイト先も転々としなければならない。正社員は夢である。
 だからこそ、SOHO事業を始めたというのはある。
SOHOとは「Small Office Home Office」の略語。
情報技術(IT)用語辞典によると『コンピューターネットワークを活用して自宅や小さな事務所で事業を起こすこと』らしい。
 SOHOはいい。仕事用のホームページに記載してある住所を変更するだけで、どこにいても仕事を続けることができる。
 お客さまはメールや郵送で依頼するわけだから、私がどこに住んでいようと構わない。
 ここにたどり着くまでに苦難は確かにあった。一番の壁は、一歩を踏み出す勇気と自分の可能性を信じる心。
 「骨は折っても心は折るな」という名文に今も未来も支えられている。

  『子どものバイト』 4月17日掲載
Date: 2008-04-17 (Thu)
 「お小遣いどうしてる?」と聞かれた。わが家はバイト制である。
ハンカチ一枚にアイロンかけて十円の報酬。娘が五歳のころからはじめている。
 きっかけは、デパートのゲームコーナーにあるカードゲーム機である。
百円投入すると、オシャレな洋服のカードが出てくる。
 カードの数がゲームの勝敗を左右する決め手にもなるのだが、だからといって、そのたびに百円をホイホイと手渡すのは教育上、気がひける。
 そこで、生まれたのがこのバイトである。
 一週間に二十枚ほどシワクチャなハンカチがたまる。
 アイロンをかける作業は、娘に百円の重みを実感させてくれたようだ。
 もちろんこのバイトは強制でないから、懐が暖かい時はしない。
 「小さい子にアイロン大丈夫?」なんて聞かれたこともあるが、子供は大人が考えているよりずっとできる。
できないと思って、させないでいると、できないままである。
 「そうすると、お手伝いとか、しなくなるんじゃない?」と言われたこともある。
だが、本人の中で、お手伝いとバイトはちゃんと別になっているようだ。
 現在七歳の娘だが、ゲーム機は卒業したらしい。バイトの習慣だけが残った。たまにバイトをしてはコツコツ貯(た)めているようだが、
何か欲しいものでもあるのか。
 そんな娘のバイト代でたまにおごってもらうジュースは格別においしい。
 国語や算数も大切だけれど「仕事をして自分で稼ぐということ」について社会に出てからでなく、今のうちから生活の一部としていろいろな考えや感性を身につけてほしいと思う。

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